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プラネタリウムのふたご

090915_プラネタリウムのふたご_s

~「ほんものを見る、っていうのもな、むろん大切なことだよ」
泣き男はつづけた。
「でも、それ以上に大切なのは、それがほんものの星かどうかより、
たったいま誰かが自分のとなりにいて、自分とおなじものを見て喜んでいると、こころから信じられることだ。そんな相手が、この世にいてくれるってことだよ。」
そういって赤らんだくちびるをとじると、泣き男はおもむろにスープにもどった。
さじの皿にあたる音がしずかにかちゃかちゃとひびく。~

(いしいしんじ プラネタリウムのふたごより)

トリツカレ男の原作がとても良かったので、
なかなか読み進められずにいたこの本に再度挑戦する。
いしいしんじの作品の中で、長編作品はあまりとくいではないものが多く、
ゆめの中で必死に走ろうとしているときのような
進みたいのに進めないまどろっこしいおかしな感覚におちいる。
(麦ふみクーツェに関してはとちゅうで投げ出してしまった。)

でも、後半、あるエピソードを境に、するすると流れ出した。

こころにすとーんときたことばは、上記の泣き男のセリフ。

わたしの父は地学や天文に詳しい。
幼い頃はよく、懐中電灯の明かりを夜空にむけて放ち、
星と星を差して小さいわたしと弟に、星座を教えてくれたものだ。

そんないとおしい、いつかの夏休みの夜を思い出した。
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南国コントラスト

090913_オキナワ追想

ゴーギャン展を観てきた。

「色がすごい」らしいときいて。

そこは、楽園のような自然あふれる南国なのに、
わたしが観てきたような
明るすぎる日差しにきらめく海や
どこまでも青い空
そんなそこぬけに明るい光は感じられなかった。

あえて描かれた、影のぶぶん。
そこでたたずむ褐色の肌をした少女の、
意味ありげな表情が目に残る。

光と影。
南の島の、そのコントラストは激しい。
影があのようにきりりと黒々しいから
光は空を青く、緑をつややかにかがやかせている。

沖縄では、
たててきた旅の計画がどうでもよくなるくらいに
南の島はわたしを、「そのまんま」にさせた。

ゴーギャンが描きたかったのは、「野生」
人間の生と死。文明と野蛮。

最近深夜放送で観た、NHKのドキュメンタリーが頭のなかでリンクする。
アマゾンの奥地に住む、「最後の石器人」といわれるヤノマミ族を追ったもの。
映し出される彼らの生活ひとつひとつに、心底驚いた。
でも目をそむけられなかった。
そして背景に映る森や、ひらひら舞う蝶や、蛇、シロアリ。
彼らを覆う満点の夜空がまた、恐ろしく美しかった。
http://www.nhk.or.jp/special/onair/090412.html

いのちといのちがぶつかる音を聴いた

090909_トリツカレ

アトリエ・ダンカンプロデュース
音楽劇「トリツカレ男」
原作:いしいしんじ(新潮社刊)
脚本:倉持裕
演出:土田英生
振付:小野寺修二
音楽:青柳拓次・原田郁子
出演:坂元健児 原田郁子(クラムボン)
浦嶋りんこ/小林正寛 尾方宣久/尾藤イサオ
江戸川卍丸 大熊隆太郎 榊原毅 鈴木美奈子 中村蓉 藤田桃子

こちらを、観てきました。
ずっと気になっていたこの劇
だいすきなクラムボンの郁子ちゃんが出るのだし、
よくないわけはないのだけど
思いきれずにチケット購入を迷ってしまったこの劇。

お誘いをいただきました。

ほんとうにありがとう。

いま、
すごいものに触れたあとの
ふっくらした余韻で、

こころが栄養満点でございます。

しあわせとはこのことぞ。

いいものは、いい。
この世の中に、すごいひとって、居るんだなあ。

○すごいふたりのゆるくて深い対談
http://blog.natalie.mu/pp/toritsukare
○銀河(故 忌野清志郎氏との共演。映像も美しいなあ。)

夏が締まる。

090906_夏締_s

水着をあらい
浮き輪を干し、
本日夏が締まった気分。
まだきっと暑い日もつづくだろうけれど、
じぶんのなかでの夏のオワリは本日。

たのしいこと、たくさんだった夏と
ちかくにいてくれたひとに感謝。

ここ一二週間のあいだで、
わたしの職場がめまぐるしく不安定に揺れ動いている。

我に返り、まわりを見渡してみて、
「あ、結局のところじぶんはひとりなのだ」と思う。
そして基本的に、ちゃんと自由なのだ。
なににしがみついているわけでも
しばられているわけでもなく。

働くうえで、『「仕方ない」という言葉を使いたくない』
憧れの女性が、そう言っていた。
仕事はそのひとをうつす鏡のようなものだって。
つよくそう思い、彼女は彼女らしく働く場所を、
自分の手で創りあげようとしている。

新しい場所をつくり、はじめること。
それに必要とされるエネルギーは、
ほんとうにたいへんなものだとおもう。

そしてわたしには、彼女と同じくらいの強いちからは、
たぶん無い。

けれど、

ここちよいところで、たのしく働き、生きる。
その穏やかな毎日に、すこしずつでいいので、近づきたい。
そのための今でありたい。
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